芸術への情熱が狂気に変わる時

2017.11.04 Saturday

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JUGEMテーマ:小説全般

 

 

言わずと知れたイギリス文学の古典ですが、最近までその存在を知りながら手が伸びませんでした。「英国諜報員アシェンデン」が

気なって購入したのをきっかけに、モームの代表作にもトライしようと思い、読み始めてみるとグイグイその世界に引き込まれまし

た。登場人物の絡みと情景や心理描写が濃密で、小説とはかくあるべきという姿を見せてくれた気がします。

 

物語の舞台は19世紀末から20世紀前半にかけてのロンドン・パリ、そしてタヒチ。株式仲買人として家族と不自由なく暮らしてい

た主人公のストリックランドは、心の奥底に絵画への情熱を秘めていました。ある日、その思いが爆発したように家族を捨て蒸発。

妻は女性の影を怪しみますが、実際にはうらぶれたホテルの一室で語り部の作家と相対することに。

 

お互いに理解しあえない関係が続きながらも、作家としての性でストリックランドに強い興味を持った語り部は、時間を経過しなが

らもその足跡を追うことになります。その中で、友人のストルーヴがストリックランドの病気を介抱したのをきっかけに、妻を奪わ

れる結果に。悲惨な結末を迎えますが、その顛末を描いたモームの筆は情景と情感を豊かに表現しています。

 

その後、ストリックランドは自分の表現を完成させるために放浪し、行きついたのが南国のタヒチ。そこで出会った人たちにも捻く

れた態度で接するのですが、それまでとは異なり、土地の人々はそんな彼を温かく迎え入れます。いよいよ自身の内にある炎をキャ

ンバスにぶつける時が来たのですが、新たな悲劇に見舞われることに。結末は本書でご確認下さい。

 

冒頭でも述べましたが、モームの作品はまさに小説のお手本だと思いました。本書は代表作であるので、その要素がより強いと感じ

るのでしょうが、頁を繰る手が止まらなくなる思いに駆られる作品は、実際にそう多くはないと思います。ゴーギャンがモデルと言

われていますが、ゴーギャンの存在を知らなくても十分に楽しめる内容です。

 

それにしても、芸術へのストイックなまでの思いは、時に周囲の人々を大いに翻弄して、不幸の渦を生じさせるものだと改めて感じ

ました。本人も精神的・経済的に追い込まれるため、決して幸せとは言えないでしょう。ただ、「何のために生きるのか」という人

生最大の問いに真摯に向き合うことで、その人にしか分からない答えが最後に得られる可能性が。

 

モームは、数多の作家の中でも人間に対する深い洞察力で知られています。こうした作品に触れていくことで、自分の中の人生経験

や人に対する判断力が養うこともできるはず。何かと教養に注目が集まる昨今ですが、付け焼刃の知識では身に付かない深い力に気

づかせてくれる古典の存在は、本当に貴重だと改めて思いました。秋の夜長にぜひお薦めです。

 

残された日本のポテンシャル

2017.11.01 Wednesday

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JUGEMテーマ:ビジネス書

 

 

前著の「新・観光立国論」を読んで、目が開かれる思いがしたアトキンソン氏。悲観論が蔓延したかと思えば、過去の栄光にすがる

楽観論が出たりして、この国の行く末は一体どうなるのだろうと思っている人も少なくないと思います。そんな時こそ、日本を愛し

ながらも客観的に分析できる目を持つ外国人の見解には、意外な可能性を指摘されることもあり、なるほどと思うこともあります。

 

著者のアトキンソン氏は、元ゴールドマンサックスのチーフアナリストという経歴を持ちながら、現在は日本の伝統工芸を担う会社

の社長という異色の人物。この3月にお披露目された日光東照宮の修繕にも関わっており、NHK教育でその様子が放送されました。

安倍内閣では複数の諮問委員会に参加して提言する等、これからの日本の発展のために幅広い分野で尽力されています。

 

日本は壊滅的な敗戦から見事に復活し、高度経済成長を成し遂げて世界有数の経済大国となりました。著者はその歩みに深い敬意を

表しながらも、戦後日本の成長は「生産性の拡大による高度成長期」「人口ボーナスによる成長期」「人口減少による低成長期」の

3フェーズに分けて分析を行い、特にGDPの規模が「人口×生産性」で決まることをデータを駆使して明快に示しています。

 

高度成長を実現した背景でよく指摘されるのは、「日本の優秀な技術力」の存在。確かに、メイドインジャパンが世界中を席巻した

のは、技術力の影響も少なからずあるとは思います。ただ、それだけではあのハイペースでの成長を説明できず、加えて90年代以降

の「失われた20年」でそれほど日本の技術力が衰えたとも思えず、やはりマクロでの視点で捉え直す必要性があると感じました。

 

人口に着目すると、私たちが実感している経済成長の実態に非常に近いことが判明。特に高度成長期では、新商品を作れば売れると

いう内需発展が実現されたため、やはり人口ボーナスの影響が大きかったのです。アメリカは未だに人口が増え、中国やインドでは

人口規模がすでに大きく、技術移転による生産性の拡大で、GDPが上位にランクインするようになったことも頷ける結果です。

 

一方で、少子高齢化で人口が減少する日本は、もはや経済成長を見込むことは難しいのでしょうか。一部の識者からは、縮小する中

で新たな方向性を見出すべきという意見も出ていますが、著者はそれに異を唱えます。進行する貧困にストップをかけ、社会保障の

負担を支えるためにも、経済成長は必要との見解には私も賛同。分配だけでは、現在の経済的な課題をクリアできないと思います。

 

それを実現する鍵になるのが、あの掛け算のもう一つの項である「生産性の拡大」。GDPを維持し発展させるには、人口が減る分を

生産性の拡大でカバーしなければいけないのです。成熟したと言われる日本経済で、それは可能なのか。著者は、日本にはまだ改善

すべき潜在的な要素が多くあり、それを改善できれば日本のGDPは1.5倍にまで成長させられると自信を持って述べています。

 

その大きな要素で着目したいのが、女性の力の活用。日本では未だに男女の賃金や雇用形態に大きな格差があり、それが日本の生産

性の成長を大きく阻害しているようです。労働力不足を補うための移民受け入れを検討する前に、この点で改善を図ることがまずは

必要との見解には、多くの人の賛同が得られるはず。そのためには、日本の経営者の考えを抜本的に改める必要があるのです。

 

この手の本では、最後に政府の政策や方向性を批判して終わるケースが少なくないと思いますが、著者は安倍政権が生産性の拡大を

念頭に取り組んでいることを評価しています。その一方で、問題は日本の経営者の側に存在するとの指摘には、なるほどと思う点が

たくさんありました。加えて、抜本的な改革を嫌う日本人のメンタリティーにも課題があるとの指摘は、耳が痛いところです。

 

とは言え、本書を通じて感銘したのは、日本が潜在的に持っている可能性の高さと著者の日本を思う心の深さ。技術力を始め、高度

なスキルを持った労働者が世界で最も多いことも、潜在能力が高いことの現れですが、とにかくそのポテンシャルが活かされていな

いのです。経営者には自分の会社だけでなく、日本や世界レベルでの視座を持って今後を担ってほしいと強く思い頁を閉じました。

 

愛は性別を超えられるのか

2017.10.22 Sunday

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JUGEMテーマ:オススメの本

 

 

ちょっと前にNHK総合で放送された「ツバキ文具店」を見て、じわじわ胸に迫る世界観に魅せられました。小川糸の作品は、食べ物

をモチーフにしたものが多い印象で、優しい女性的なイメージが強く、触れることがありませんでした。ドラマを見てその印象が

変わり、気になる作家の一人に。そんな折に書店で偶然目にしたのが、本書でした。意外なテーマに思わず購入してしまいました。

 

本書のテーマは、ズバリLGBT。家庭環境に馴染めず悩み続けた女子高生が、駅で自殺しようとしていたところを救ったのが、主人

公の主婦。彼女も夫とそりが合わずに離婚直前の状態で、お互い一目惚れしてしまいます。主人公は、自分がレズビアンだという

意識はなかったのですが、親子ほどの年の差を超え自然に愛し合う関係に。そんなものかと思いつつ読み進めると、そこに障害が。

 

主人公には、夫との間に小学一年生になる息子がいました。二人が出会ったのは、息子はサマーキャンプで出掛けている最中。息子

を含めた新たな家族の絆を育む過程は、普通ならもっとお互いに葛藤があるはずですが、心優しい息子(草介)は割にすんなりと

千代子を迎えます。3人は千代子の希望もあり、駆け落ち同然でマチュピチュ村に引っ越し、タカシマ家としてスタートします。

 

レズビアンカップルに注がれる視線は、当然ですが冷ややかなもの。村人の嫌がらせに耐えながら、千代子の夢だったゲストハウス

を開業し、徐々に周囲にも理解され始めます。新たに増えた家族(宝)を含め、それぞれの視線からストーリーが語られ、物語は

重層的な展開へ。読み進めるうちに、当初感じた違和感や疑問もなくなり、著者が奏でるストーリーに引き込まれていきました。

 

物語の進展に連れて子供たちが成長するので、最終的に二人の子供が育む愛の狭間で葛藤が生じる展開になるかと思いきや、意外な

展開に驚き。カカ(主人公)とママ(千代子)がハワイで結婚式をあげ、ムーンボーを見る場面では思わず胸が熱くなりました。

想定とは違った別れを乗り越える場面も、人として生きていく上で避けては通れないことだけに、共感しながら頁を閉じました。

 

自分は正直なところ、LGBTの理解は全然できていない状態ですが、人が愛し合うことは年齢や性別を超えて生じ得るものである

ことは、何となく分かる気がします。ただ、そこには家族や社会が介在する難しさがあることも事実。物語としては非常に秀逸で、

本書で間違いなく小川糸のファンになりましたが、テーマを考えるともう少し掘り下げたストーリーがあり得るとは思いました。

 

 

人材育成の第一歩を知ろう

2017.10.15 Sunday

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JUGEMテーマ:ビジネス書

 

 

30代後半から現場のマネジメントを任されるようになり、苦労やストレスを感じながらも自分なりのやりがいを感じています。

残念ながら、ここ最近はやりがいよりもフラストレーションを感じることが多いのですが、それでも現場をより良い環境にして

いきたいとは思っています。メンバーには仕事にやりがいを感じてほしい。その意識を共有できればと思い続けています。

 

マネジメントにあたって難しさを感じているのが、メンバーとのコミュニケーションを充実させること。メンバー間でも活性化

させたいと考えており、前の職場ではミーティングの内容や方法を工夫することで改善を実現しました。今の職場はまだまだ発展

途上なこともあり、人材育成にも役に立つコミュニケーションの方法論が分かる本書を知り、思わず手に取ってしまいました。

 

人それぞれだと思いますが、僕は雑談が苦手で「雑談からコミュニケーションが始まる」と言われると、思わず心の中で何とも

言えない抵抗を感じてしまいます。仕事柄、そう見せるべく努力はしていますが、自分の中で目的を明確にして話すネタを準備

することで、乗り切っています。本書を通じて、職場内でもその姿勢が求められることを再認識することになりました。

 

本書で提唱されている「1on1ミーティング」は、現在シリコンバレーの多くの企業で実施されている人材育成のメソッドです。

先進国を中心に右肩上がりの経済成長が終焉し、人々の価値観も多様化する中で、個人に焦点を合わせた人事管理が不可欠に

なっており、それを踏まえたメソッドを導入することで企業の成長を実現しているとのこと。時代も変わったものですね。

 

確かに、女性の社会進出が盛んになった現在、家庭や個人の事情が業務に少なからぬ影響を与えることは、実際に生じています。

そのため、普段からメンバーの現況をある程度把握していれば、業務への影響を最小限に抑えることができるばかりでなく、

メンバー本人のキャリア形成を図る上でも、こまめなコミュニケーションを通じてお互いの理解を図る必要性は感じています。

 

そうは言っても、どうアクションを起こせばよいのか。上司からの一方的な指示に従うことに慣れている僕たちにとって、予想

以上にハードルが高く感じがちでは。本書のノウハウを踏まえて、自分のキャラや職場の環境に合わせてカスタマイズできれば、

チームの活性化が実現できそうだと思いました。最初のハードルを乗り越えることが、実は一番大変そうではありますが…

 

この本で励まされるのは、職場での人間関係が良くなることのイメージが沸くことや、上手くいくことばかりではないことも

織り込み済みであることを示している点。メンバーも上司から個別にフォーカスされる経験が少ないだけに、最初はぎこちなく

なると思いますが、試行錯誤のつもりで進めればいいのかな。それでもプライベートに踏み込む勇気は、相当なものです。

 

理系アレルギーを和らげる一冊

2017.10.07 Saturday

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JUGEMテーマ:オススメの本

 

 

先日このブログでもご紹介した「理系脳で考える(成毛眞)」で、理系的な知識の欠缺を補う必要性を感じていたこともあり、

書店で齋藤孝先生の本書を目にした時、「これだ!!」という思いに駆られました。興味のある理系本は、何冊か購入して本棚に

眠っている状況でしたが、より興味が持てるテーマや一冊との出会いに期待しながら、読み進めるとあっという間の読了でした。

 

テレビなどで興味を感じるテーマや分野に出会い、いざ書店で関連本を手に取って見ると、否が応でも知識の欠缺を感じざるを

得ず、どうしても遠ざかりがちになる理系本。個人的には進化生物学を始めとする人体の不思議や、地震や地形のメカニズム、

最先端の化学の世界の動きなどに興味があります。どれも専門性が高く、門外漢にはハードルが高すぎる分野ばかりです。

 

そんな文系人間が理系的な知識と触れ合う際の心構えを、斎藤先生は「理解は浅く広くでいい。むしろ、その点を活かして相互

の結びつきや関連性に目を向けていくことが、生きた知識としては重要」と優しく示してくれています。紹介されている作品も、

科学者の生き様が分かるような文系人間なら興味が持てそうな内容から、本格的なレベルのものまで幅広いラインナップです。

 

これは僕が好きな歴史教育にも共通することですが、学校の授業でもっと活きた知識や考え方を学べる機会を増やすべきだと

思っています。子どもたちの「なぜ、何?」を掻き立てる発問から始まる授業や現代に根差したテーマでの討論等、学ぶことの

意義を少しでも感じられる瞬間を経験することが、これからの子どもたちにとって必要なことではないかと思っています。

 

その中で、「これまでの大人たちはこう考えてきた」ことを紹介するテイストで読書を促せば、子どもたちの好奇心は大きく

成長するはずです。本書は文系人間の大人たちに向けて書かれたものですが、子どもたちの好奇心を伸ばすきっかけにもなる

良書が多いと思います。巻末にはリストが上がっていますので、ここから新たな世界に飛び込むのも良いのではないでしょうか。